人生七転びしっぱなし(生きていくって辛いことだらけ編)


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小学低学年の頃の運動会は家族も観に来て、いっしょに弁当を食べた。
祖父母や親戚も応援に来て賑やかな運動会だった。
今では色んな家庭の事情があり、家族と昼食を運動会でとるスタイルはほとんどなくなったように思う。


小学2年生の僕のクラスメイトに痩せていて肌が浅黒い少年がいた。
弟がいて3歳年上の兄がいた。


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木造の古い一軒家に住んでいたが、父親はいなくて、母親は別の場所に住んでいて、祖母と4人暮らしだった。彼の祖母は当時、既に少なくとも70代以上だったように思う。
あとで知った話だが、彼の父親は外国人だったそうだ。

運動会の時、彼ら4人家族は小さなシートでこじんまりと質素な弁当を食べていた。
当時の運動会は一大イベントで、それぞれの家族がご馳走を作ってきて、笑顔が溢れていたが、彼ら家族には笑顔はなかった。

他の子供たちは弁当を食べると家族が持ってきた菓子を食べたり、ジュース飲んだり、家族に友達と写真を撮ってもらったりと大騒ぎだった。

彼らにおやつもジュースもなかった。

ただ、黙々と昼休みが過ぎるのを待っているかのようだった。

子供は時に残酷である。

上の兄のクラスメイトたちがその姿を目撃し、自分たちのお菓子をみせびらかしにきて、からかい始め、走り去っていった。

彼らも彼らの祖母も何も言わず、少し寂しげな表情だった。

幼稚園児も含む、彼らの幼い心にどのような傷を負わせたのか想像がつくと思う。
非常に辛い思いをしたことだろう。


その様子をみていた近くの家族の母親がお菓子とジュースを持ってきた。
彼らの祖母は背中を丸め、何度も何度も頭を下げてお菓子を貰って、子供たちに分け与えた。


そのクラスメイトは算数がついていけずに学年で二人しかいない補習の特別授業を受けていた。
幼い僕らはその理由が良くわからなかったが、担任教師の言われるままにその授業に向かう彼に「いってらっしゃーい」と笑顔で毎回、送り出していた。

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